スピーカープロフィール

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トム・ワトソン

伝説的ゴルフ・チャンピオン

スタンフォード大学を卒業し、1971年にクオリファイ・テストに合格。プロ転向後、1975年に全英オープンで初優勝し米国中で有名になった。2年後の1977年のマスターズでは帝王ジャック・ニクラスと熱戦を展開して優勝を決め、全英オープンにも優勝して年間2冠を獲得した。1981年にマスターズで4年ぶり2度目の優勝を飾る。1982年の全米オープンで初優勝を果たし続く全英オープンも制覇してメジャー大会に2連勝。1983年の全英オープンで大会2連覇を飾ったが全英オープンを2連覇した選手はそれから23年後、2006年のタイガー・ウッズまで現れなかった(ウッズは2005年・2006年に全英2連覇を遂げた)。メジャー通算8勝を挙げて“新帝王ワトソン”と呼ばれたが、1983年の全英オープンを最後にメジャーの優勝から遠ざかる。

日本とのつながりも深く、「ダンロップフェニックストーナメント」で1980年と1997年の2度優勝している。当大会が開催される宮崎の「フェニックスカントリークラブ」には、彼の名前を冠した「トム・ワトソンゴルフコース」がある。

1988年に世界ゴルフ殿堂入り。1993年にはライダーカップのアメリカチームキャプテンを務めた。現在は米国シニアツアー(チャンピオンズ・ツアー)で活躍している。同ツアーでは2003年チャンピオンズツアー賞金王/チャールズ・シュワブカップチャンピオン/チャンピオンズツアー年度最優秀選手、2005年チャールズ・シュワブカップチャンピオンに輝いている。

長年にわたってトムのキャディーを務めてきたブルース・エドワーズは、2004年4月に筋萎縮性側索硬化症(ALS)で亡くなった。元々チャリティーに積極的だったトムだが2002年暮れにエドワーズの病気を知ってからは一層熱心に取り組むようになり、現在も積極的な慈善活動を続けている。2003年には、ゴルフを通じて社会貢献した選手に贈られる「ペイン・スチュワート賞」を受賞した。

2009年の全英オープンでは最終日単独首位に立つも、プレーオフの結果惜敗の2位(優勝はスチュワート・シンク)。59歳のトムが優勝すれば大会史上最年長優勝の記録を142年ぶりにぬりかえることから、観客も大きな声援を送った。トムもそれにこたえるように終始堂々とプレーし、周囲に大きな感動を与えた(民放での深夜の放送時間は大会終了まで1時間以上延長した。また現地コース際でリポートしていた青木功氏が大会終了後、往年の盟友・戦友であるトムが優勝できなかったことを大いに残念に思い涙した映像がメディアで放送された)。

<講演トピック>

コースに残る;ゴルフ・ライフから学んだ戦略と教訓

世界的に著名なゴルファーであるトム・ワトソンは彼の生涯にわたっての競技経験が、あらゆるビジネス又は組織を成功達成へと導く様にモチベーションを高める為にどのように使い得るかを示してくれる。彼の観衆を鼓舞する演説のなかで、ワトソンは自らのコース内外での経験を使って、概念定義やポジティブ・シンキングなどの発想を基に観衆が自らのチャレンジに向き合えるように励ましてくれる。本当のチャンピオンはハードワークや、継続的行動、逆境に直面したときの恐れを無くす選択などを通じて勝つ方法を身に付けなくてはならないことを示しながら、ワトソンは観衆が私生活そしてプロフェッショナルとしての生活の両面で、ゴールを達成する戦略を伝えてくれる。

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